2022.11.10 チェンマイの学会(その2)

 Y先生の発表も無事終わり、ナイトマーケットで打ち上げ。海老や鯛が舞い踊り、串焼きや名物カレーラーメンの「カオソーイ」、飲み物もデザートもフルーツシェークもよりどりみどり。

   

  

 翌日は日帰りツアーで、参加者のほぼ全員が何とバス8台を連ねて、国立博物館と周辺の遺跡やお寺を巡った(3台は逆回り)。夕方の便でバンコクへ戻るので、空港に近い国立博物館が最後の「逆回りコース」にしてもらった。

 

 チェンマイは13~16世紀頃に「ランナー王国」の都があったところで、17~18世紀に一時ビルマの属国となり、その後再興したらしい。

 見学では、ランナー王国時代創建のWat Ton Kwen寺院、ランナー王国以前の9~11世紀(ハリプンチャイ時代)の都城中心部のWiang Tha Kan遺跡、ランナー王国最盛期のWat Jet Yot寺院などと、国立博物館を訪問した。

 (Wat Ton Kwen)

  (Wiang Tha Kan Archaeological Site)

  (Wat Jet Yot)

  (チェンマイ国立博物館

 国立博物館から空港に直行するためここで離脱したが、乗り合いバス(ソンテウ)は空港に行かないしトゥクトゥクは来ないしタクシーは呼べないし(スマホ持ってないから)、国立博物館で偶然ご一緒したY先生ご一行様に助けていただき、バンコクの大学の先生が空港まで車で送ってくださった。ありがとうございました!

 (チェンマイ空港国際線ロビーはガラガラ)

 またまたバンコク、スワナプム空港の端から端まで歩かされ、成田では検疫のQRコードを見せて無事入国できた。検疫がこんな厳しいのは日本だけですよ!

 

2022.11.8 チェンマイの学会(その1)

 考古学関係の学会がタイのチェンマイであり、ベトナムの調査についてY先生が発表するので参加した。本当はベトナムの代表者のK博士が発表するはずだったが、政治の研修?があり(絶対に休めないらしい)、行かれなくなったそうだ。

 サンフランシスコから朝羽田に戻り、タッチアンドゴーで深夜便のバンコク行きに搭乗。チェンマイへの乗り継ぎは巨大なバンコク、スワナプム空港の端から端まで歩かされた。タイ航空からだと楽勝なんだけどJALだとこうなるのか。

 チェンマイ空港ではATMで出てきた高額紙幣(1000バーツ札)をくずしてくれるところがなくてちょっと手間取った。両替所や郵便局には拒否され、案内所のアドバイスでコーヒーショップ(その1)で95バーツのコーヒーを買おうとしたらおつりがないと拒否され、スタバに行ったらやっぱり高かったけどおつりがもらえた。これでタクシーに乗れる。

 (ATMが日本語表示になったのはいいが)

 

 学会はチェンマイ市内の高級ホテルの会場で、ビュッフェ方式の昼ご飯とコーヒーブレイクはお菓子各種食べ放題。ナイトマーケットも目の前で、なんちゃって英語で事足りるし、物価は安いし食事はおいしいし、東南アジアはやっぱり楽だなあ!

 (高級ホテルのランチビュッフェ)

  (ナイトマーケット)

 

 ※満月(皆既月食だった)の日のロイクラトン祭りは大賑わい、ピン川は灯籠(クラトン)流し、上空には灯籠の熱気球(コムローイ)が次々と上がっていた。

 

 

2022.11.7 サンフランシスコから帰国

 サンフランシスコに戻り、BART(メトロ)でオークランドの宿に着いたら、ようやく懐かしいと思うようになった。宿のすぐそばに韓国料理屋さんがあり、気になっていたので行ってみた。お持ち帰りのビビンバはボリューム満点でお米もおいしかった。

 

 サンフランシスコ市内は30年前に一度ツアーで来ただけで、今回実はまだ行っていなかったので、見納めに行っておいた。

 BARTの駅からトラムでフィッシャーマンズワーフに行き、最後の贅沢でシーフードレストランで豪遊した。エビ、カニ、アサリ、ムール貝、タラ?、サバ?の煮込みは大満足。目の前のマリーナにはアシカの群れがゴロゴロしていて、背景は金門橋

 

 

 そこから高台にあるCoitタワーまで急な坂と階段を上り、やっと着いたと思ったらエレベーターはメンテナンス中で動いていない。階段で登るなら入場料10ドルをまけてくれと言ったけどダメだった。高さ64mで一番上は13階と書いてあったからまあたいしたことはなかったけど、やはり眺めが良かった!

  

 階段と坂を下って、ケーブルカー乗り場へ。名物の「ケーブルカー」は30年前も乗ったけど、路面電車の線路の下にケーブルがぐるぐる回っていて、運転手さんがそのケーブルを器具ではさむと車が動き、離すと止まる、というものだそうだ。しかし1回8ドルもした(1日乗車券がお得かも)。

  (転車台)

 チャイナタウンでお客さんがたくさん降りたのでつられて降りた。モントリオールのチャイナタウンよりはるかに大きい。ものすごい爆音がして人が集まっていたので(パトカーも数台いた)何かと思ったら、爆竹を鳴らして獅子舞をやっていた。

 

 高層ビル街を歩いてBARTの駅についたので、近くの本屋さんに行こうと思ったらもう閉店でいかれなかったので市内見学終了。

 オークランドの宿とバークレーのオフィスを往復、東洋人のおじさんおばさんのサンドイッチやさんや近所のスーパーも再訪した。

 少し真面目な話としては、サンフランシスコの地盤や地震災害に関して、9月に訪米されたO先生に関係者をご紹介いただいた。そのつてで、カリフォルニア州政府におつとめのM博士と連絡が取れた。ただし帰国当日になってしまいどうしようと思ったら、Zoomで面会してくださり、いろいろとお教えいただくことができた。ありがとうございます!勉強します!

 最終日はオークランドの宿のとなりの聞いたことないハンバーガー屋さんのコンボを買って、お世話になった弊社オフィスのスタッフに挨拶をして、BARTでサンフランシスコ空港にむかった。

  (バークレー

 

 ヨーロッパと較べると、アメリカは「修業してる」感満載だったなあ。物価は高いし英語もわかんないし、移動もたいへんだった。何というか、基本的に常にまわりに対して警戒している感じで、南アジアやヨーロッパとはちがう雰囲気だった。

 カナダはちょっとアメリカと違い、おもしろかった。アメリカと較べると警戒感が薄い気がした。スタバもあるけれど「Tim Hortons」というカフェチェーンの赤い紙コップ(カエデの葉っぱのマーク付)じゃないとだめで、あと、郵便局で荷物を送るときに値段を申告するのだが、USドルで言ったら「ここはカナダですよ」とたしなめられた。そりゃそうですね!

 (カナダのスタバ?)

 というわけで、2ヶ月の北米滞在終了。

2022.10.31 バンクーバーとウイスラー

 そろそろサンフランシスコに戻らないと。でももう少しカナダにとどまろうというわけで、西海岸ブリティッシュコロンビア州バンクーバー経由で戻ることにした。まずはセントジョーンズからモントリオールに戻る。

  (ニューファンドランド見納め、左;鉄鉱山があったBell Island、右;Come by Chance製油所、変な地名)

 モントリオールからバンクーバーまではカナダのLCC?にした。Air Transatという会社で、Air Canada, WestJetに次ぎ国内3位らしい(写真をとり忘れた)。再度大陸横断で約5時間半後にバンクーバーに着陸かと思った瞬間、急上昇(タッチアンドゴー)して着陸やり直し。うわー。機長が何か言っていたけどよくわからなかった。10分後に無事着陸、あーびっくりした。

 バンクーバー空港は先住民のデザインの彫刻があちこちにあり、案内表示は英・仏に加えて中国語がある。外に出たら雨が降っていた。こちらはだいぶ湿っぽい気がする。

 翌日はウォーターフロントに行ってみたがずっと雨だった。

 

 2日目は雨の中、バスでウイスラーWhistlerに出かけた。2010年の冬季オリンピック会場になったスキーリゾートでゴンドラとかもあるが、シーズンオフで動いていなかった。

 

 博物館があったので行ってみたら、地質、生物、町の歴史、スキー場の開発、オリンピック招致などの展示があった。ウイスラーは1976年の冬季オリンピック招致をめざしていてデンバーに敗れたけれど、その後デンバー環境保護と予算不足から開催直前に辞退し、カナダのモントリオールで夏の大会をやったばかりなのでバンクーバーというわけにいかず、設備の再利用可能なインスブルックになったんだそうだ。

 

 館内の一角に企画展示で「FIRE & ICE」というのがあり何のこっちゃと思ったら、ジオパーク(を目指す地域)の名前だった。ただし、ジオパークではなく「ジオリージョン」と書いてあり、「パーク」というのは北米では植民地主義のネガティブな言葉なので使わない、と小さく注記があった。ふうーん。

 対象地域はウイスラーを含む一帯で、造山運動、斜面崩壊、火山活動、氷河作用の4つのテーマが掲げられていた。ジオパーク(リージョン)になりそうなのかな。

 先住民族のSquamish Lil'wat Cultural Centreというのにも行ったが臨時休館だった。カナダインディアンの民族で独自の文字表記を使っており、それぞれSk̲wx̲wú7mesh、Lil̓wat7úlと書くそうだ。そういえば高速道路の表示にもあった。

 雨が弱まったので、「ロストレイク」Lost Lakeの遊歩道に行ってみた。このへんはニューファンドランドとちがって針葉樹が巨大で、高さ40mくらいあるダグラスファー(ベイマツ)とかヒノキとかモミとかの森だった。温帯多雨林というらしい。

 ロストレイクは小さな丸い湖で、氷河の氷塊が取り残された跡にできた「ケトル」という地形だった。

  

 帰りは雨も上がり、Howe Sound(フィヨルド)がよく見えた。

 

 

2022.10.29 ニューファンドランド(続)

 ボナビスタまで遠征したので、あとはセントジョーンズ周辺の見学にしようっと。初日にタクシーの運転手さんがThe Roomsがいいよと言っていたので行ってみたら、立派な博物館・美術館・文化施設だった。博物館には化石、生物、民族(イヌイットとインディアン)、ヨーロッパからの入植、文化の共生などさまざまな展示があった。小学生が授業で見学に来ていたが、グループごとにスタッフの人がついて説明していた。

  (The Rooms)

 ニューファンドランドは何百年もタラ漁で栄えていたが、1992年に資源の枯渇によりタラが禁漁になってしまった。これにより3万人の失業者が生まれ、人口が流出したそうだ(一部は油田などで雇用)。

 (タラ漁の崩壊)

 隣町の「マニュエルス川解説センターManuels River Hibernia Interpretation Centre 」には三葉虫の化石の説明があるらしいので行ってみたが、閉まっていた。センターの名前にHiberniaという単語があり、意味がわからないので調べたが「冬眠」?「(ラテン語で)アイルランド」?Hibernia, Newfoundlandで検索したら、Hibernia油田というのがあったので、これのこと?

 

 展示施設から川沿いの遊歩道で海岸まで行けるので歩いてみた。センターのすぐ前が滝というか急流になっており、10分くらい歩くと流れが穏やかになりもうすぐ河口の感じ。水は透明だが茶色く色がついており、泥炭地を流れるタンニンの色だ。

 

 途中の遊歩道沿いに礫層が出ていたが、割れた断面を見ると厚い風化皮膜があり、何だかだいぶ古い時代の礫のようだ。河口は波の打ち上げで礫州ができていた。当然ながらここの礫は新鮮で風化皮膜はない。古い礫層は海成段丘礫かもしれない。

  (段丘礫:風化皮膜が厚い)

  (海浜礫)

 セントジョーンズの南のスピア岬Cape Spearsは北米最東端とのことなので行ってみたら灯台と要塞の跡があった。

 (北米最東端)

 翌日は天気がよかったのでもう一度シグナルヒルに寄ってから空港でレンタカーを返却した。

 

 (セントジョーンズからの距離)

 セントジョーンズからオタワやニューヨークまで約2000km、サンフランシスコまで5000km以上あるが、リスボンやロンドンは4000km以内でこっちの方が近い。コロンブスよりも前にバイキングが来ているので(北部のランス・オー・メドウ遺跡)、ヨーロッパ人の到来はこっちの方が先らしい。

2022.10.27 ディスカバリージオパーク

 08:30 いよいよ覚悟を決めて、レンタカーでディスカバリージオパークへ行くぞ。片道3時間半で(高速利用)約300km。高速に入り、インターチェンジでカナダ横断道Trans-Canadian Highwayというのに入る(セントジョーンズが東端)。

 アメリカでバスで移動したときは、ガソリンスタンドにコンビニやトイレがあってパーキングエリアみたいになっていたが、ここはそんなのあるのかなあ。1時間くらい運転して何もないので、Whitbourneというところで高速を降りて、5kmくらい離れた町まで行ったら、「ニューファンドランドで最初の内陸の町」という看板があった。雑貨屋さんに入って高速に戻ったら、その先にGS+お店があった。

 ニューファンドランドは期待通り交通量も少なく、おっかなびっくり運転にはちょうどよい。途中でついにジオパークの看板を発見したが、結局ここだけだった。

 13:00 ボナビスタBonavista岬の手前Port Union着。小さな博物館があったがシーズン終了のため閉まっていたが、近くで家の修理をしていた人に「化石が見られる場所はどこですか」と聞いたら、すぐそこだよと教えてくれた。

  

 (これ??)

 エディアカラ化石というのは比較的最近みつかったようで、サンゴや貝殻のような硬い組織がないため残りにくく、火山灰層に覆われて偶然残ったということのようだった。漁業組合(Union)の港ということで、小さな展示館が開いており、そこできいたら化石の展示を見せてくれ、ジオパークのパンフレットももらえた。

  

 近くの海岸は北米最大のパフィン(ツノメドリ)の夏の繁殖地だそうだが、もちろんもう1羽もいなかった。

 14:35 ボナビスタ岬には古い灯台がある。周辺は平坦地が広がり、海成段丘なのかなあ?近くに海食洞の天井が崩落したDungeonという場所がありジオサイトになっていたが、段丘礫っぽいのもあった。氷河が解けた後、「重し」がとれてリバウンドで隆起した段丘なのかもしれない。

  

 

 岬の西側の「ロングビーチ」は、1775年のリスボン地震津波が到達した記録があるそうだ。リスボン地震は海溝型地震だったのか。

 

 15:35 というわけで、ジオサイトもいくつか見られたのでそろそろ戻らないと。雨も降り出したが、途中で給油もして4時間かかってセントジョーンズまで無事生還した。往復640kmだった。

 

2022.10.26 ニューファンドランド島へ

 カナダにはジオパークがあるので行こうとしたら、どこもえらく遠いところばかりで、どうせ遠いならいちばんはずれの方にしようと思って、ニューファンドランド・ラブラドル州Newfoundland and LabradorのディスカバリーDiscovery世界ジオパークに行くことにした。カナダ東端のニューファンドランド島である(島の西側のグロスモーンGros Morne国立公園の方が有名らしい)。

 モントリオールからもう鉄道では行けないので、州都セントジョーンズSt. John'sまでカナダ航空国内線で2時間半、時差が1時間半という半端な時間になっている。

 空港の観光案内所で「ジオパークの情報はありますか」と聞いたけど、案の定「何それ?」、タクシーの運転手さんも「知らないなあ」。宿に着いてからどうやって行けるか調べたが、セントジョーンズからはだいぶ遠く、もう10月なのでツアーなどはない。これまでなるべくなら避けたいと思ってきたが、ついに伝家の宝刀、国際免許でレンタカーを借りることにした。なのでまたタクシーで空港まで戻る。

 車は韓国ヒョンデのSUVでなかなかかっこいい。しかしカーナビはない。仕方ないのでipadを巨大な(無用の)AVモニターにかぶせてGoogle Mapを表示させたら、これは使える。USB電源ソケットもある。普段は(日本では)現在位置の表示だけで行先案内は使わないのだが、こちらでは心の余裕がないので、カーナビの言う通りにすることにした。

 (Hyudai KONA AWD)

 空港から街のすぐそばのシグナルヒルSignal Hillという丘まで超緊張しながら約20分。ジオセンターという地質の博物館があったが、ジオパークとは別だそうだ。しかしニューファンドランド・ラブラドル州の地質の説明があり予習ができた。ニューファンドランドメモリアル大学Memorial Univ.の地質学教室の協力で運営しているらしい。

 ラブラドルの地質は非常に古く(38億年前とか)ニューファンドランドは新しい、と書いてあったが、新しくても5億年前である。ここでエディアカラ生物群三葉虫などの化石が見つかったそうだ。

  (GEO Centre)

  シグナルヒルはセントジョーンズの港の入口にあり、港町の防衛やヨーロッパとの間の通信基地だったようだ。あたり一面氷食を受けたなだらかな丘で、シグナルヒルの頂上は礫岩のため侵食に強かったようだ。植生は針葉樹林だがあまり背が高くない。土壌の発達が悪いからか。

 

 セントジョーンズはイギリスから来た人達がつくった北米最古の街らしい。フィヨルドというほどではないが、氷食谷の部分が沈水して天然の良港になっている感じだ。それはともかく、アメリカと較べ、英語が聞き取りやすくなった。調子に乗って、夕食はフィッシュアンドチップスにしたが、当然揚げ物責め。