2022.4.29 楢葉~いわき~帰京

 福島県楢葉町の交流施設「ならはCANvas」には震災関係の展示パネルが少しだけあり、原発緊急事態宣言を受けて翌3月12日にいわき市へ全町避難を決めた(国や県からの指示はなかった)ことや、2015年に避難指示解除、小中学校の再開は2017年だったことなどが示されていた。

 (ならはCANvas

 サッカーのトレーニング施設「J ヴィレッジ」は原発事故後の作業基地になっていた。もともと東電が県に寄付した施設だったらしい。現在はもとのサッカー施設にもどり、JRの「J ヴィレッジ駅」もできた。

 (J ヴィレッジ駅:長い階段とエレベーターがある)

 

 広野町の東電広野火力発電所は2022年3月16日の地震で稼働停止し、東京の我が家も数時間停電になった。海岸の「防災緑地」は、これまで見てきた堤防と異なり、堤内地側に盛土してマツなどを植えている。道路盛土などとあわせて「多重防御」として家屋が建ち並んでいる。圧迫感は少ないけれど、高さや強度は十分なのかな。

 (ひろの防災緑地;堤内地側)

 

 いわき市に入ると、原発30km圏外になるためまた様子が変わる。「久ノ浜・大久ふれあい館」は祝日のため休館で、中をのぞくと津波の水位がガラス戸に青い線で示され、建物は津波避難ビルになっていた。

 (久ノ浜ふれあい館)

 いわき市四倉を過ぎると海岸の堤防も低く、元かんぽの宿(閉鎖)や病院、老人ホームも海岸近くにある。津波の高さは4m位と低かったからいいのか。仙台や名取のあたりと較べたらずいぶん緊張感がちがう。

 と思ったら、いわき市薄磯地区に「いわき震災伝承みらい館」があり、入口付近の津波の高さは約8m、近くの薄磯地区の慰霊碑には死者120名以上と書いてあった。ガイダンス映像では体験者が「津波は来ないとたかをくくった心の隙間に災害が入り込んだ」と言っていた。

 (いわき震災伝承みらい館)

 いわき市小名浜の「いわき・ら・ら・ミュウ」はいわゆる大規模産直おさかなセンターで、休日のため大賑わい。2階には震災伝承施設の「ライブいわきミュウじあむ」があり、震災の映像やパネル展示があったが、岩手県普代村の普代水門建設をテーマにした「未来に向けて」(東北地域づくり協会制作)というアニメを上映していた。岩手県内では見なかったな~。

 (ライブいわきミュウじあむ)

 勿来の手前のいわき市岩間防災緑地には「きみと」という巨大な銀色の卵型モニュメントがあり、3.11の記録のタイムカプセルが埋められているそうな。

 (きみと)

 連休中は各地が混雑するため、今回は福島県までで終了、常磐道経由で帰京した。今回の走行距離は4日間で約840km。