2022.7.25 セーヌ川の洪水

 パリの地形は高校教科書では「ケスタ」と書かれている。IGN(フランス国土地理院)の地図サイトで地質図を見ると、パリ付近は古第三紀始新世Eocene(e:薄いオレンジ)、そのまわりが漸新世Oligocene(g:黄色)、下流側から北海までは中生代白亜紀Cretaceous(c2:黄緑)となっている。

 (IGN Geoportal)

 拡大してみると、ノートルダム聖堂のあるシテ島はe5位で、パンテオン(ソルボンヌ)のあるところはちょっと出っ張っていてe6d(dって何?)、北側のモンマルトルの丘はg2b(bって何?)で残丘みたいになっている。要するにすべて侵食地形。

 (IGN Geoportal)

 橋の上からセーヌ川を見おろしてみても、河原はなく岸壁だけ。水草がゆらゆらしてる。セーヌ川は大きく蛇行しているが、自由蛇行ではなく基盤岩の穿入蛇行みたいなものだろう。さすがは大陸の河川、わけがわからん。

 近年温暖化のせいで?ヨーロッパの洪水が時々報道されるけれど(昨年2021年のライン川支流とか)、1910年1月、パリは史上最大級の洪水に見舞われた。佐川美加『パリが沈んだ日 セーヌ川の洪水史』(白水社2009年)という書籍がある(著者は知り合い!)。北海の高潮とかセーヌ川の洪水とかは冬だ。

 せっかくパリまで来たので、1910年の洪水の痕跡でも見ようと思って、幸い2箇所で確認できた。

 エッフェル塔の上流のアルマ橋の橋脚に石像があり、どこかの聖人かと思ったらアルジェリアの歩兵なんだそうだ。1910年の洪水はこの歩兵の肩の辺りまで浸かった、と橋のたもとの看板に説明があった。ちなみに1924年は胸のあたり、1955年は腰のあたりまでだった。橋は架け替えられているが、石像の位置は変わってないんだろうね。

 

 (説明の看板)

 もう1箇所は、ノートルダム聖堂のあるシテ島。ずいぶん目立たないプレートが岸壁にあった。近くに水位標があり、現水面(約27m)からだいたい8m位(約35m)か。

  (左:奥はシテ島のとなりのサンルイ島、右:「洪水 1910年1月」)

 『パリが沈んだ日』は帰国後読み返そうと思うが、パリが全面水没したのではもちろんなく、セーヌ川沿いのいちばん低いエリアが浸水したということらしい。

 東京低地の洪水ハザードマップだと、L2(最大規模)洪水で全域水没だ!