2022-04-01から1ヶ月間の記事一覧

2022.4.28 浪江~楢葉(いちえふ、にえふ)

やはり福島は原子力災害があり岩手・宮城の震災とは大きく異なる。現在も帰還困難区域や立ち入り規制地域があり、(言い方は悪いが)ゴーストタウン状態のところがあちこちにある。 福島第一原発は、双葉町と大熊町にまたがっている。双葉町はまだほとんどが…

2022.4.27 亘理~浪江

ようやく福島県に入った。最初の新地町は「復興フラッグ広場」が震災伝承施設となっている。自衛隊が活動中に日の丸をみつけて掲げ、後にボランティアや地元の人が寄せ書きをして「復興フラッグ」と呼ぶようになったそうだ(現在は4代目)。 (復興フラッグ…

2022.4.26 東北南下再開

前回は岩手県~宮城県で一度帰京したので(引越退去手続きと粗大ごみを出すため)、続きを再開。常磐道の線量計、前回は腰が引けていたので写真を撮り直した。 (各モニタリングポストの値。1Fの北西が最大) 宮城県亘理(わたり)町を前回スルーしたため、…

2022.4.21 (東北総集編)GPSトラックと震災伝承施設

今回のGPSトラックと訪問した「震災伝承施設」のリスト。 (岩手県) ・久慈市もぐらんぴあ(石油備蓄基地水族館) ・野田村復興展示室 ・田野畑村明戸海岸防潮堤、羅賀公園 ・宮古市田老防潮堤、たろう観光ホテル、たろう潮里ステーション ・宮古市震災メモ…

2022.4.21 (東北総集編)移動中の食事

コロナということもあり、移動中の食事は極力テイクアウトにした。 朝はビジネスホテルのバイキングで栄養補給、昼は道の駅の産直コーナーの弁当やおにぎり、夜はスーパーの惣菜コーナーで調達。抜粋でご紹介します! 仙台のデパ地下のすし(閉店間際の割引…

2022.4.20 仙台~帰京

仙台市荒浜小学校は何回か見学に来たことがあったが、すぐそばの住宅基礎も震災遺構となっていた。荒浜に住んでいたというおじさんが2人ゴルフのクラブを持って浜に来ていた。「奥さんどこから来たの」「東京から」、「何の写真をとってるの」(やや困って)…

2022.4.19 石巻~仙台

宮城県石巻市は東日本大震災の死者数が約4000名と自治体として最多で、市中心部(南浜)には、県営の「東日本大震災津波伝承館」や、石巻市営の「震災遺構門脇(かどのわき)小学校」などがある。県営の伝承館は丸いガラス張りの建物で入場無料、10分くらい…

2022.4.18 気仙沼~石巻

気仙沼市街地は2011年の震災時に津波と火災にあい、地盤沈下もみられた。漁港付近では今も岸壁の方が道路面より高くなっている。安波山の復興祈念公園からは、気仙沼湾と昨年できた「かなえ大橋」がよく見えた。 (気仙沼湾) 気仙沼市では階上の気仙沼向洋…

2022.4.17 大船渡~気仙沼

大船渡市立博物館は、石灰岩の化石と貝塚の展示が主要な内容だった。大洞式土器の大洞貝塚を見学に行ったが、工事中で道がわからず大洞集落の方にきいたら、車でついてこい、とずいぶん大回りして現場まで先導してくれた。三陸鉄道赤崎駅の近くだった。 (大…

2022.4.16 釜石~大船渡

2011年の震災で「釜石の奇跡」と言われた鵜住居(うのすまい)地区の近くに箱崎というところがあり、震災後はじめてボランティア(泥かき)に行ったことを思い出し、立ち寄ってみた。ほかの地区も同じだが高い防潮壁ができ、風景は一変していた。道路沿いに…

2022.4.15 宮古~釜石

宮古市の田老地区は「万里の長城」と言われた防潮堤があったが2011年の津波で破壊された。震災前、震災直後、その後も2回くらい訪ねている。道の駅たろうでは防災を学ぶツアーを受け入れている。きょうも2件くらい予約が入っているようだ。港の岩壁には明治…

2022.4.14 久慈~田野畑

岩手県久慈市は琥珀の産地で有名だが、石油国家備蓄基地もあった(知りませんでした~)。埋立地にタンクが並ぶのではなく、地下にトンネルを掘って石油を注入しているそうな。その作業坑が地下水族館になっていた。 (備蓄基地の展示の奥が水族館) 次の野…

2022.4.12 仙台

片付けに早くも飽きたので、東北へフィールドワークに行くことにした。大阪市大のH先生は2011年の東日本大震災の時に、青森から千葉まで車に寝泊まりしながら津波の調査をされたそうだ。とてもそんな真似はできないが、10年後の状況をたずねてみることにする…

2022.4.10 引越その2

2日がかりで2トン車2台×2往復で荷物の移動が終わった。パンダの引越屋さんは「ゆっくり荷物を出してください」と言い残して次の現場に向かったが、本当に1週間かかった。確定ではないが、数えたらやはり160箱くらいになった。プロの見積もりはすごい。 (2ト…

2022.4.3 引越その1

研究室の荷物が廊下まであふれ、H先生からは「西ノ島新島」として温かく見守っていただいていたけれど、何とかしないといけない。だが自宅も荷物であふれている。仕方がないのでまず自宅アジトをもう少し広いところに引っ越すことにした(新居は約200m離れ…

2022.3.31 10年ぶりの修行

「印度で修行」から苦節10年、ようやく1年間のお暇をもらうことができたが、コロナがまだ完全収束しないので、海外は7月からにして、それまでは国内で修行することにした。 (神田川の桜)